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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)67号 判決 1998年7月07日

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

原告

キャノン株式会社

代表者代表取締役

御手洗冨士夫

訴訟代理人弁護士

中島和雄

同弁理士

長尾達也

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

小林邦雄

真々田忠博

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第5798号事件について平成8年1月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年12月28日に特許出願した昭和58年特許願第245904号の一部を、名称を「集積回路製造用投影露光装置」(後に「集積回路製造方法及び露光装置」と補正)とする発明として、平成元年12月19日新たな特許出願(平成1年特許願第330388号)をしたところ、平成4年11月27日出願公告(平成4年特許出願公告第74855号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成5年11月24日拒絶査定を受けたので、平成6年4月7日査定不服の審判を請求し、平成6年審判第5798号事件として審理された結果、平成8年1月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月6日原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

紫外線レーザーからのレーザー光で集積回路パターンを照射し、投影レンズ系により集積回路パターンをウエハー上に焼き付けて集積回路を製造する集積回路製造方法において、前記投影レンズ系は単一の光学材料、若しくは石英、CaF2、MgF2の内の複数種の光学材料で構成され色収差補正が実行できないレンズ系であって、且つ前記投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くしたことを特徴とする集積回路製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、米国特許第3,573,456号明細書(甲第4号証、以下「引用例」という。)には、集積回路を製造するにあたり、フォトレジスト材料で被覆されたウエハー上に高分解能で像を転写する発明が記載されており(1欄4行ないし13行)、3欄41行及び4欄4行、5行には、より高い分解能の像を得るためには光の波長幅は狭い方が良く、単色性が求められる旨記載されている。

そして、2欄40行ないし42行の記載によれば、この発明は紫外線の光源、バンドパスフイルター、石英レンズからなる紫外線投影手段を使用するものであり、石英レンズは、蛍石から形成された素子と併せて使用されることが記載されている(6欄1行ないし4行)。また、第4図及びこれを説明する6欄59行ないし67行には、光源として紫外部分に放射性を有する固体レーザーを使用し、狭いバンドパスフィルターを透過したレーザー光により露光を行うことが記載されている。バンドパスフィルターは、色収差補正がなされない対物レンズに対して使用されることも記載されている(5欄70行ないし75行)。

したがって、引用例には次の発明が記載されているものと認める。

フォトレジスト材料で被覆されたウエハー上に紫外線レーザーを用いて高分解能で像を転写するにあたり、高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましいことを考慮し、レーザー光をバンドパスフィルターを透過させ、レンズ系として、色収差補正ができないものであって、石英レンズと蛍石(CaF2)でできた素子とを併用したレンズ系を用いること。

(3)  そこで、本願第1発明と引用例に記載された発明の構成を対比すると、両者は、紫外線レーザーからのレーザー光で集積回路パターンを照射し、投影レンズ系により集積回路パターンをウエハー上に焼き付けて集積回路を製造する集積回路製造方法において、前記投影レンズ系は、石英、CaF2から成る光学材料で構成され色収差補正が実行できないレンズ系である点で一致し、高分解能な像を得るためには波長幅は狭い方が望ましいという共通の認識の下、本願第1発明が投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くする構成を採用するのに対し、引用例に記載された発明はバンドパスフィルターを採用する点で一応相違する。

(4)  そこで、この相違点について検討する。

引用例に記載された発明において採用するバンドパスフィルターは、第2図及びこれを説明する6欄31行ないし41行に詳細に記載されているように、あらかじめ特定の周波数範囲、すなわち波長範囲の光のみを透過するものである。

この記載は紫外線ランプを光源とした場合のものであるが、第4図に記載されているように紫外線レーザー光を光源とした場合にも使用されている。そして、一般にレーザー光といえども複数の周波数のピークから成り、厳密には単色とはいえないものである(必要なら、例えば、島津備愛著「レーザーとその応用」昭和53年8月25日第8版産報出版株式会社発行を参照)から、引用例においてバンドパスフィルターを透過した紫外線レーザーは、上記紫外線ランプの場合と同様に特定の波長範囲のもののみが選択的に透過され、このため、その波長幅は狭められているものと認める。そして、波長幅のより狭い光であれば、色収差補正が実行できないレンズ系であっても、色収差が生じにくいことも当然に予期しうることにすぎない。

してみると、本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、引用例に記載された発明におけるバンドパスフィルターを包含するものであるというほかはない。

(5)  以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例に記載された発明と同一であると認められ、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。

4  審決の理由の要点に対する認否

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、「(引用例の)3欄41行及び4欄4行、5行には、より高い分解能の像を得るためには光の波長幅は狭い方が良く、単色性が求められている旨記載されている。」、「紫外線レーザーを用いて高分解能で像を転写するにあたり、高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましいことを考慮し、」との認定は争い、その余は認める。同(3)のうち、本願第1発明と引用例発明は「紫外線レーザーからのレーザー光で」ある点で一致するとの認定、及び、両者は「高分解能な像を得るためには波長幅は狭い方が望ましいという共通の認識」を有するとの認定はいずれも争い、その余は認める。同(4)のうち、引用例発明において採用するバンドパスフィルターは、あらかじめ特定の周波数範囲、すなわち波長範囲の光のみを透過するものであること、一般にレーザー光といえども複数の周波数のピークから成り、厳密には単色とはいえないものであるから、引角例においてバンドパスフィルターを透過した紫外線レーザーは、紫外線ランプの場合と同様に特定の波長範囲のもののみが選択的に透過されることは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、引用例(甲第4号証)の記載内容の認定を誤るとともに、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くした」という構成要件の技術的意義についての解釈を誤ったため、本願第1発明と引用例発明との相違点を看過し、本願第1発明は引用例発明と同一であると誤って認定、判断したものである。

(1)  引用例の認定の誤り

<1> 審決は、「(引用例の)3欄41行及び4欄4行、5行には、より高い分解能の像を得るためには光の波長幅は狭い方が良く、単色性が求められる旨記載されている。」と認定しているが、誤りである。

引用例の上記部分には、「それらの最大の分解能は単色性を要求する。」(甲第4号証3欄41行)、「バンドパスを広げることは後述するように分解能を減少させる」(同号証4欄4行、5行)としか記載されていない。

したがって、引用例の上記記載が示唆する範囲は、精々、解像の分解能を最大にするためには単色性が要求されるので、光線中の単色性のスペクトルを選択的に透過させるためにバンドパスの幅は広げないということまでであり、審決の認定するような「より高い分解能を得るためには光の波長幅は狭い方が良く」などとは全く記載されていないし、その示唆すらなされていない。

<2> 審決は、引用例には、「フォトレジスト材料で被覆されたウエハー上に紫外線レーザーを用いて高分解能で像を転写するにあたり、高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましいことを考慮し、レーザー光をバンドパスフイルターを透過させ、レンズ系として、色収差補正ができないものであって、石英レンズと蛍石(CaF2)でできた素子とを併用したレンズ系を用いる」発明が記載されていると認定している。

しかしながら、審決の上記認定中、「紫外線レーザー」の技術内容が不明である上、「高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましいことを考慮し」ということは、引用例のどこにも記載されていない。

引用例発明の発明者が高分解能の像を得るために望ましいと考慮しているのは、引用例の3欄41行に記載されているように、光の単色性にすぎない。

したがって、引用例における紫外部に放射性を有する固体レーザーが、どのような技術内容の紫外線レーザーであるのかが不明なままに、「両者は、紫外線レーザーからのレーザー光である点で一致している」との前提の下に、「高分解能な像を得るためには波長幅は狭い方が望ましいという共通の認識の下、」とした審決の認定も明らかな誤りである。

(2)  相違点の看過

審決は、本願第1発明と引用例発明との相違点を看過し、「本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、引用例に記載された発明におけるバンドパスフィルターを包含するものである」と誤って認定、判断したものである。

<1> 本願第1発明は、必須の構成要件として、「レーザー光の波長幅を狭くしたことを特徴とする」発明であり、それは、レーザー光の波長幅、すなわちレーザー光のスペクトル線の幅を狭くすることを特徴とするものである。この「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成は、本願第1発明における、光の強度による焼付時間の短縮化とサブミクロンのオーダーの集積回路パターンの鮮明な形成という二つの課題を解決するため、本願第1発明にとって欠くことのできないものである。

ところで、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件における「レーザー光の波長幅」という用語は、学術用語として明確に定義されたものではなく、したがって、それを「狭くした」ことを含め、その用語自体の概念は必ずしも明確とはいえないが、集積回路を製造する技術分野において、紫外線レーザーと色収差の実行できない投影レンズとを用いて集積回路を製造する際の、「レーザー光の波長幅を狭くする」ということは、紫外線レーザーにおけるレーザー光のスペクトル線の幅を、パワーを集中させてそのスペクトル線の幅をさらに狭い幅に狭めることのみを意味し、それ以外のことは問題とする余地のないものである(甲第5号証ないし甲第7号証の鑑定書)。

<2> しかしながら、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件について、「レーザー光」を、他の構成要件である「集積回路の製造」、「紫外線レーザー」及び「色収差補正の実行できない投影レンズ」と結び付けることなく分離して個別に解釈し、原告の上記主張とは全く異なる被告主張のような解釈が成り立ち得ると仮定した場合には、それは結局、「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件の技術的意義を一義的に明確に理解することができないことを意味するものであるから、その技術的意義を正確に理解するために、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項が参酌されるべきことになる。

そうすると、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要性の「レーザー光」が「エキシマレーザー光」を意味していることは、本願第1発明の課題につき、集積回路の製造方法において集積回路パターンの焼き付けにエキシマレーザーを用いた場合の改良を目指す発明であることが本願明細書に明記されていること(甲第3号証2欄8行ないし3欄2行)、特に、本願第1発明の集積回路製造方法と本願の特許請求の範囲第2項の発明(以下「本願第2発明」といい、本願第1発明と本願第2発明を併せて「本願発明」という。)の露光装置に対応する発明の構成につき、「本発明は、紫外線レーザーであるところのエキシマレーザーからのレーザー光で集積回路のパターンを照明し、投影レンズ系により集積回路のパターンをウエハー上に焼き付ける集積回路製造方法及び露光装置において・・・上記レーザー光の波長幅を狭くする狭帯域化手段を有することを特徴としている。」と記載されていること(同号証3欄8行ないし16行)、「本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、紫外線レーザーであるところのエキシマレーザーを光源として用い」(同号証3欄3行ないし5行)、「本発明は、紫外線レーザーであるところのエキシマレーザーからのレーザー光で集積回路のパターンを照明し」(同号証3欄8行ないし10行)、「紫外線レーザーであるところのエキシマレーザー光の波長幅を狭くする手段を有することが特徴であり」(同号証3欄25行ないし27行)などと、「紫外線レーザーであるところのエキシマレーザー」との統一的表現が用いられていることからして明らかである。

さらに、本願発明は、昭和62年法律第27号による改正前の特許法38条ただし書所定の併合出願であって、本願第1発明の集積回路製造方法と本願第2発明の露光装置とは主要部が共通でなければならず、「エキシマレーザーについての光の強度と、サブミクロンの線幅の解像度に関する」未解決の技術的課題を解決するための、「紫外線レーザー光(実質的にはエキシマレーザー光)の波長幅を狭くする」という新規な解決手段のみが、「主要部」の要件を備えるものであることから、本願第1発明の集積回路製造方法の「紫外線レーザー光」が「エキシマレーザー光」を意味することは当然である。

このように、本願明細書には、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件について、それがサブミクロンのリソグラフィという全く新規な課題を達成するため、狭帯域化手段により、紫外線レーザーであるところのエキシマレーザー光の波長幅を狭くする構成として明確に記載されている(甲第3号証2欄12行ないし3欄22行)。

そして、本願明細書に記載された実施例に用いられる手段は、「エキシマレーザーを用い、インジェクションロッキング等の手段(狭帯域化手段)によって波長幅を狭くしたレーザー光を投影露光に使用する。」(同号証3欄32行ないし35行)手段のみであり、本願明細書にはそれ以外の手段については何も記載されていない。

本願第1発明のインジェクションロッキング手段においては、エキシマレーザー光が前段の共振器内に置かれた分光素子を往復するたびに、そのスペクトル線の幅が徐々に狭められると同時に、この狭まった領域にパワーが集中する形でレーザー発振し、パワーロスなくスペクトル線の幅を狭めるものであり、それは無数の縦モードが分離できない状態で密集しているエキシマレーザー光に対して行われるものである。

以上要するに、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件は、サブミクロンのリソグラフィを達成するため、インジェクションロッキング等の狭帯域化手段により、エキシマレーザー光のスペクトル線の幅を、パワーを集中させてそのスペクトル線の幅をさらに狭い幅に狭める技術的思想を、「レーザー光の波長幅を狭くする」として表現したものである。

<3> 上記のとおり、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成は、「インジェクションロッキング等の狭帯域化手段により、エキシマレーザー光のスペクトル線の幅を、パワーを集中させてパワーロスなくそのスペクトル線の幅をさらに狭い幅に狭める」ものである。

これに対して、引用例に記載のバンドパスフィルターは、レーザー光の帯域幅よりはるかに広い通過帯域幅を限度として、複数の周波数ピークから特定の周波数ピークを選択するものであり、したがって、これによってはスペクトル線の幅をその幅よりもさらに狭めることはできないだけでなく、バンドパスフィルターはパワーロスが生じるものであるから、本願第1発明のようにサブミクロンの線幅についての課題を解決することができないだけでなく、光の強度に関する課題をも解決することが全く不可能なものである。

しかるに、審決は、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くした」という構成の技術的意義の解釈を誤ったため、本願第1発明の上記構成と引用例のバンドパスフィルターとの基本的な相違点を看過し、その結果、「本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くする」という構成は、バンドパスフィルターを包含する」と誤って認定、判断したものである。

<4> 被告は、「多数の縦モードの中から単一のモードだけを選択的に発振させる方法としては上記8種の方法が本願出願前に周知であり、注入同期法(インジェクションロッキング)はその中の1つの方法にすぎない」と主張している。

しかしながら、無数の縦モードが分離できない状態で密集している本願第1発明のエキシマレーザー光に対しては、スペクトル線の幅が徐々に狭められると同時に、この狭まった領域にパワーが集中する形でレーザー発振させることが可能なインジェクションロッキング及びこれと等価な手段以外のものに適用することができないものである。

したがって、被告の主張するように、多数の縦モードの中から単一の縦モードだけを選択的に発振させるための方法が周知であったとしても、これらのものは、本願第1発明に適用不可能なものであるから、本願第1発明がこれら周知のものを包含するかのような被告の主張は失当である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  引用例の認定の誤りの主張について

引用例(甲第4号証)の3欄41行には「それらの最大の分解能は単色性を要求する」と記載されており、この記載によれば、単色光で最大の分解能が達成されるのである。そして、この「単色光」は、(社)電子通信学会編「電子通信用語辞典」(昭和59年11月30日株式会社コロナ発行。乙第1号証)によれば、「ただ一つの波長だけをもつ光、または1つの波長で代表される程度に、狭い波長範囲に含まれる光」であるから、上記「最大の分解能は単色性を要求する」との記載における「単色性」は、ただ一つの波長のみを有する単色光であり、現実には波長範囲が限りなく狭いものであることは明らかである。

したがって、審決が、引用例には「より高い分解能の像を得るためには光の波長幅は狭い方が良く」、「紫外線レーザーを用いて高分解能で像を転写するにあたり、高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましい」と記載されていると認定したこと、引用例発明は「高分解能な像を得るためには波長幅は狭い方が望ましい」という認識を有していると認定したことに誤りはない。

(2)  相違点の看過の主張について

<1> 本願第1発明と引用例発明が解決しようとする課題は、光源である紫外線レーザー光に対し、狭帯域化処理を施すことにより単色性を高めるという点で共通しているといえる。

本願第1発明は、上記課題を解決するための技術的手段として、「レーザー光の波長幅を狭くした」構成を採用するものである。この構成については、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「レーザー光の波長幅を狭くする狭帯域化手段」(甲第3号証3欄14行、15行)、「インジェクションロッキング等の手段(狭帯域化手段)によって波長幅を狭くしたレーザー光」(同号証3欄32行ないし34行)と記載されているにとどまり、明瞭さを欠く表現であるが、上記記載から、狭帯域化により「レーザー光の波長幅を狭くする」ことが明らかであるので、上記構成を狭帯域化という観点からとらえることが相当である。

引用例発明は、レーザー発振器の外部にファブリ・ペロー(Fabry-Perot)の干渉計(エタロン)等のバンドパスフィルター、すなわち狭帯域化手段を配置しており、これにより、紫外線レーザーは特定の波長範囲のもののみが選択的に透過され、狭帯域化が行われていることになる。

したがって、両者は、露光光源として使用する紫外線レーザー光の単色性を狭帯域化手段によって高めるという点で共通している。このため、本願第1発明でいうところの「レーザー光の波長幅を狭くする」ことには、引用例におけるバンドパスフィルターの狭帯域化も含まれるから、「本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、引用例に記載された発明におけるバンドパスフィルターを包含するものである」とした審決の認定、判断に誤りはない。

<2> 原告は、本願の特許請求の範囲第1項に記載された「紫外線レーザー」は「エキシマレーザー」と解釈されるべきであり、「レーザー光の波長幅を狭くした」構成は「インジェクションロッキング」を用いるものと解釈されるべきである旨主張するが、以下述べるとおり理由がない。

イ.「紫外線レーザー」について

レーザー学会編「レーザーハンドブック」(昭和57年12月15日株式会社オーム社発行。乙第12号証)には、「紫外レーザーとして最近使用されている主なものは、ルビーレーザー、ガラスレーザーなどの2倍、3倍、4倍高調波、N2レーザー、色素レーザー、エキシマレーザーなどであり」(470頁左欄14行ないし17行)と記載されており、本願出願前に紫外線レーザーとしては上記のように種々のレーザーが周知であり、エキシマレーザーはその中の1つにすぎない。そして、鮮明な集積回路パターンをウエハー上に焼き付ける上でエキシマレーザー以外の紫外線レーザーは用いられないということが当業者の一般的な技術常識でもない。したがって、本願明細書の発明の詳細な説明で技術的に裏付けられているのがエキシマレーザーを使用するものだけであるとか、実施例がエキシマレーザーを使用するものだけであることのみから、特許請求の範囲第1項に記載された「紫外線レーザー」を「エキシマレーザー」と限定して解釈することは許されない。

ロ.「レーザー光の波長幅を狭くする」について

本願の特許請求の範囲第1項に記載されている「レーザー光の波長幅」とは、レーザー光のスペクトルの幅である。そして、レーザー光のスペクトルは、多数の縦モードの集合体により構成されており、その多数の縦モードの中から1本の縦モードを選択することがレーザー光のスペクトルの幅を狭くすることであり、本願第1発明のレーザー光の波長幅を狭くすることである。この縦モードの選択に関し、上記「レーザーハンドブック」(乙第12号証)の「21・2・1 発振縦モードの単一化技術」には、「通常の共振器長(数十cm~1m)のレーザー発振器では、発振スペクトル内にc/2L(c:光速、L:共振器長)間隔の多数の縦モードが含まれる多重縦モードとなる。これら多数の縦モードの中から単一のモードだけを選択的に発振させるために以下に述べるような種々の方法が用いられる。」(346頁下から10行ないし5行)と記載され、これに続いて以下の具体的方法が記載されている(346頁ないし348頁)。

〔1〕光の干渉効果を利用する方法として、エタロン法、共振反射鏡法、Fox-Smith干渉計

〔2〕空間的ホールバーニング(hole burning)効果を除去する方法として、リングレーザー法、λ/4板法、機械的および電気光学的方法

〔3〕その他の方法として、薄膜法、注入同期法(インジェクションロッキング)

すなわち、多数の縦モードの中から単一のモードだけを選択的に発振させる方法としては、上記8種の方法が本願出願前に周知であり、注入同期法(インジェクションロッキング)はその中の1つの方法にすぎない。そして、本願明細書の発明の詳細な説明においても、「インジェクションロッキング等の手段(狭帯域化手段)によって波長幅を狭くした」と記載されており、インジェクションロッキングだけではなく、他にも狭帯域化手段が存在することが「等」という言葉により示唆されている。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明で技術的に裏付けられているのがインジェクションロッキングを使用するものだけであるとか、実施例がインジェクションロッキングを使用するものだけであることのみから、本願の特許請求の範囲第1項に記載された「レーザー光の波長幅を狭くする」方法をインジェクションロッキングに限定して解釈することは許されない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  争いのない事実

<1>  引用例(甲第4号証)には、集積回路を製造するにあたり、フォトレジスト材料で被覆されたウエハー上に高分解能で像を転写する発明が記載されていること、引用例発明は紫外線の光源、バンドパスフイルター、石英レンズからなる紫外線投影手段を使用するものであり、引用例には、石英レンズは蛍石から形成された素子と併せて使用されることが記載されていること、また、引用例には、光源として紫外部分に放射性を有する固体レーザーを使用し、狭いバンドパスフィルターを透過したレーザー光により露光を行うこと、バンドパスフィルターは、色収差補正がなされない対物レンズに対して使用されることがそれぞれ記載されていること、引用例発明では、レーザー光をバンドパスフィルターを透過させ、レンズ系として、色収差補正ができないものであって、石英レンズと蛍石(CaF2)でできた素子を併用したレンズ系を用いること、

<2>  本願第1発明と引用例発明は、集積回路パターンを照射し、投影レンズ系により集積回路パターンをウエハー上に焼き付けて集積回路を製造する集積回路製造方法において、前記投影レンズ系は、石英、CaF2から成る光学材料で構成され色収差補正が実行できないレンズ系である点で一致すること、本願第1発明は投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くする構成を採用するのに対し、引用例発明はバンドパスフィルターを採用する点で一応相違すること、引用例発明において採用するバンドパスフィルターは、あらかじめ特定の周波数範囲、すなわち波長範囲の光のみを透過するものであること、一般にレーザー光といえども複数の周波数のピークから成り、厳密には単色とはいえないものであるから、引用例発明においてバンドパスフィルターを透過した紫外線レーザーは、特定の波長範囲のもののみが選択的に透過されること、

以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(2)  引用例の認定の誤りの主張について

原告は、審決が、「(引用例の)3欄41行及び4欄4行、5行には、より高い分解能を得るためには光の波長幅は狭い方が良く、単色性が求められる旨記載されている。」とした認定の誤りを主張するので、この点について検討する。

<1>  引用例(甲第4号証)の3欄41行には、「それらの最大の分解能は単色性を要求する。」と記載され、4欄4行、5行には、「バンドパスを広げることは後述するように分解能を減少させる。」と記載されていることが認められる。

ところで、(社)電子通信学会編「電子通信用語辞典」(昭和59年11月30日株式会社コロナ社発行。乙第1号証)には、「単色光」について、「ただ一つの波長だけをもつ光、または一つの波長で代表される程度に、狭い波長範囲に含まれる光。」と記載されていることが認められ、これによれば、上記「それらの最大の分解能は単色性を要求する。」との記載の「単色性」は、ただ一つの波長を有する光であること、又は、一つの波長で代表される程度に狭い波長範囲に含まれる光であることを意味するものと解される。

しかして、「単色光」について上記のとおり解し得ることと、上記「バンドパスを広げることは後述するように分解能を減少させる。」との記載を併せ考えると、審決が、「(引用例の)3欄41行及び4欄4行、5行には、より高い分解能を得るためには光の波長幅は狭い方が良く、単色性が求められる旨記載されている。」とした認定に誤りはないものというべきである。

原告は、引用例の上記記載が示唆する範囲は、精々、解像の分解能を最大にするためには単色光が要求されるので、光線中の単色光のスペクトルを選択的に透過させるためにバンドパスの幅を広げないということまでである旨主張するが、採用するこができない。

<2>  原告は、引用例発明の発明者が高分解能の像を得るために望ましいと考慮しているのは、光の単色性にすぎないとして、審決が、引用例発明につき、「高分解能の像を得るためには波長幅が狭い方が望ましいことを考慮し」ているとした認定、及び、本願第1発明と引用例発明とは、「高分解能な像を得るためには波長幅は狭い方が望ましいという共通の認識の下」にあるとした認定の誤りをも主張するが、上記<1>に説示したところに照らして上記各認定は正当というべきであって、上記主張は採用することができない。

<3>  上記のとおりであって、審決は引用例の記載内容の認定を誤ったものである旨の原告の主張は、理由がない。

(3)  相違点の看過の主張について

原告は、審決は、「本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、引用例に記載された発明におけるバンドパスフィルターを包含するものである」と誤って認定、判断したものである旨主張するので、この点について検討する。

<1>  まず、本願第1発明における「レーザー光の波長幅を狭くした」という構成の技術的意義について検討する。

本願明細書中の「サブミクロンの線幅を持つ集積回路パターンをウエハー上に焼き付ける場合、・・・単にエキシマレーザーからのレーザー光をマスクに照射するだけでは、投影レンズ系で生じる色収差の影響で、鮮明な集積回路パターンをウエハー上に焼き付けられないことが解った。本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、紫外線レーザーであるところのエキシマレーザーを光源として用い、鮮明な集積回路パターンをウエハー上に焼き付けることが可能な集積回路製造方法及び露光装置の提供を目的とする。・・・本発明では、狭帯域化手段でレーザー光の波長幅を狭くすることにより、投影レンズ系で生じる色収差を抑制することができるので、サブミクロンの線幅を持つ集積回路パターンであっても、ウエハー上に、鮮明に焼き付けることが可能になる。」(甲第3号証2欄21行ないし3欄22行)との記載によれば、本願発明の課題は、サブミクロンの線幅を持つ集積回路パターンをウエハー上に焼き付ける場合、単にエキシマレーザーからのレーザー光をマスクに照射するだけでは投影レンズ系で生じる色収差の影響で、鮮明な集積回路パターンをウエハー上に焼き付けることが不可能であることから、レーザー光の波長幅を狭くする必要があるということであり、「レーザー光の波長幅を狭くする」ことによって、サブミクロンの線幅を持つ集積回路パターンをウエハー上に鮮明に焼き付けるために、色収差を抑制することができるものであると認められる。

ところで、島津備愛著「レーザーとその応用」(昭和53年8月25日第8版産報出版株式会社発行。乙第11号証)中の「レーザーの発振光は単色性が秀れているとはいうものの、通常のレーザー装置から出る光は一般には多くの縦モードを発振しているので、周波数の異なった数本の線で発振します。したがって厳密には単色とはいえません。完全に単色にするには、・・・唯一本の縦モードだけ入るようにする方法があります・・・。そこで出力を大きくするために長いレーザー管を用い、その際に発振する多くの縦モードの中から唯一つのモードを選択し、そのあとで安定化しようという方法があります。」(125頁6行ないし16行)との記載、及び、126頁所載の「図5.42 レーザーの縦モードの選択方法」の記載によれば、単色のレーザー光を得ることは、多くの縦モードの中から一つの縦モードを選択することであると認められ、したがって、高い分解能の像を得るために求められる、投影レンズ系で生じる色収差を抑制できるレーザー光の単色性を得ることは、レーザー光の多くの縦モードの中から一つの縦モードだけを選択することであるということができる。

上記のとおり、「レーザー光の波長幅を狭くする」ことによって、サブミクロンの線幅を持つ集積回路パターンをウエハー上に鮮明に焼き付けるために、色収差を抑制することができるものであること、高い分解能の像を得るために求められる、投影レンズ系で生じる色収差を抑制できるレーザー光の単色性を得ることは、レーザー光の多くの縦モードの中から一つの縦モードだけを選択することであるということができること、本願の特許請求の範囲第1項には、「レーザー光の波長幅を狭くした」ことの具体的手段は規定されていないことを併せ考えると、本願第1発明における「レーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、高い分解能の像を得るために、投影レンズ系で生じる色収差を抑制することができるような「狭い波長幅のレーザー光を得ること」を意味するものであると解さざるを得ない。

<2>  ところで、引用例発明が、紫外線レーザーを用いて高分解能で像を転写するにあたり、高分解能の像を得るためには波長幅が狭い光が望ましいことを考慮していること、その点では、本願第1発明と共通の認識を有するものであることは、上記(2)に認定、説示のとおりである。

そして、引用例(甲第4号証)には、「図2を参照すると、各種要素の波長特性を説明する図が示されている。フォトレジスト材料の感度は、オングストロームでの波長に対して曲線Pによってプロットされている。ランプ放射曲線はピークL1、L2、L3、L4をも有する波形Lによって示されている。一つの周波数に透過を制限することが要求されるから、最も高いピークLを透過させるためにナローバンドパスフィルタが選択される。ピークFと中心バンドパス周波数とによって示されるこのバンドフィルタの曲線は3550オングストロームの近傍にある。」(6欄31行ないし40行、訳文3頁8行ないし19行)と記載されていること、また、引用例の第4図には、ルビー・レーザー(17)とフラッシュランプ(21)からなるレーザー発振装置から出力されるレーザー光は、バンドパスフィルター(19)を経て、さらにレンズ(15)系に入力されるものが記載されていることが認められる。

上記各記載によれば、引用例発明においては、レーザー発振器からのレーザー光はバンドパスフィルターを経て、結果的に3550オングストロームを中心とした波長幅の狭い光としてレンズ系に入力されているものと認められる(なお、引用例発明におけるバンドパスフィルターは、あらかじめ特定の周波数範囲すなわち波長範囲の光のみを透過させるものであり、バンドパスフィルターを透過した紫外線レーザーは特定の波長範囲のもののみが選択的に透過されるものであることは、当事者間に争いがない。)。

そうすると、引用例発明においても、狭い波長幅のレーザー光を得ているものということができ、この点では、本願第1発明と変わるところはないものというべきである。

<3>ⅰ.原告は、集積回路を製造する技術分野において、紫外線レーザーと色収差の実行できない投影レンズとを用いて集積回路を製造する際の、「レーザー光の波長幅を狭くする」ということは、紫外線レーザーにおけるレーザー光のスペクトル線の幅を、パワーを集中させてそのスペクトル線の幅をさらに狭い幅に狭めることのみを意味し、それ以外のことは問題とする余地のないものである旨主張し、甲第5号証ないし甲第7号証(いずれも鑑定書)には、上記主張に沿う記載がある。

しかしながら、「レーザー光の波長幅を狭くする」という用語が、本願出願当時において、上記のとおりの意味を有するものとして当業者に理解されていたことを認めるべき客観的な資料はなく、上記甲第5号証ないし甲第7号証に記載されている各鑑定結果も、実質的には本願明細書に本願第1発明の実施例として記載されているにすぎないインジェクションロッキング等の狭帯域化手段を前提とするものであるから、上記主張は採用することができない。

ⅱ.次に、原告は、原告の上記主張とは異なる被告主張のような解釈が成り立ち得ると仮定した場合には、本願第1発明の「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件の技術的意義を一義的に明確に理解することができないことを意味するから、その技術的意義を正確に理解するために、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項を参酌すべきであるなどとして、請求の原因5(2)<2>掲記の理由により、上記「レーザー光の波長幅を狭くする」という構成要件は、サブミクロンのリソグラフィを達成するため、「インジェクションロッキング等の狭帯域化手段により、エキシマレーザー光のスペクトル線の幅を、パワーを集中させてそのスペクトル線の幅をさらに狭い幅に狭める」ことを意味するものである旨主張するので、この点について検討する。

(a) 甲第3号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、もっぱら「紫外線レーザーであるところのエキシマレーザー」を用いた集積回路製造方法及び露光装置に関する説明が記載されており、実施例としてもエキシマレーザーを用いたもののみが記載されていることが認められる。

しかしながら、特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ(最高裁平成3年3月8日判決、民集45巻3号123頁参照)、レーザー学会編「レーザーハンドブック」(昭和57年12月15日株式会社オーム社発行。乙第12号証)には、「紫外レーザーとして最近使用されている主なものは、ルビーレーザー、ガラスレーザーなどの2倍、3倍、4倍高調波、N2レーザー、色素レーザー、エキシマレーザーなどであり」(470頁左欄14行ないし17行)と記載されており、本願出願当時において、紫外線レーザーは上記のような種々のレーザーを含む用語として周知であると認められること、鮮明な集積回路パターンをウエハー上に焼き付けるについて、エキシマレーザー以外の紫外線レーザーは用いられないことが当業者の一般的な技術常識であったというような事情を認めるべき証拠はないこと、本願の特許請求の範囲第1項の「紫外線レーザー」は、上記の種々のレーザーを含む用語として一義的に明確に理解することができるものというべきであって、発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情があるとは認められない。

また、昭和62年法律第27号による改正前の特許法38条ただし書1号は、併合出願の要件につき、「その特定発明の構成に欠くことができない事項の全部又は主要部をその構成に欠くことができない事項の主要部としている発明であって、その特定発明と同一の目的を達成するもの」と規定しているが、露光用の光源につき、本願の特許請求の範囲第1項では、「紫外線レーザー」とされているのに対し、同第2項では、「エキシマレーザー」と明確に区別して記載されており、本願第1発明と本願第2発明における露光用の光源について共通する主要部は紫外線レーザーであって、本願第2発明はこれをエキシマレーザーに限定したものと解されるから、上記併合出願の要件は充足しているものというべきであって、本願の特許請求の範囲第1項の「紫外線レーザー」を「エキシマレーザー」を意味するものとして解釈しなければならない場合であるということもできない。

したがって、本願第1発明の「紫外線レーザー」について、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して、その中の1つにすぎない「エキシマレーザー」をいうものと限定して、解釈することは許されず、特許請求の範囲第1項の記載のみに従って解釈しなければならないものというべきである。

(b) また、本願明細書には、「本実施例では、波長248.5nmを主たる発光スペクトルとするエキシマレーザーを用い、インジェクションロッキング等の手段(狭帯域化手段)によって波長幅を狭くしたレーザー光を投影露光に使用する。」(甲第3号証3欄31行ないし35行)と記載されているが、インジェクションロッキングは実施例として開示されているにすぎず、「レーザー光の波長幅を狭くする」方法をインジェクションロッキングに限定して解釈することはできない。

このことは、上記「レーザーハンドブック」(乙第12号証)の346頁、347頁には、「発振縦モードの単一化技術」として、多数の縦モードの中から単一のモードだけを選択的に発振させるための具体的方法として、〔1〕光の干渉効果を利用する方法として、エタロン法、共振反射鏡法、Fox-Smith干渉計、〔2〕空間的ホールバーニング(hole burning)効果を除去する方法として、リングレーザー法、λ/4板法、機械的および電気光学的方法、〔3〕その他の方法として、薄膜法、注入同期法(インジェクションロッキング)が示されていることが認められ、これによれば、多数の縦モードの中から単一のモードだけを選択的に発振させる方法としては、上記8種の方法が本願出願前に周知であり、注入同期法(インジェクションロッキング)はその中の1つの方法にすぎないものと認められることからも明らかである。

この点について、原告は、無数の縦モードが分離できない状態で密集している本願第1発明のエキシマレーザー光に対しては、スペクトル線の幅が徐々に狭められると同時に、この狭まった領域にパワーが集中する形でレーザー発振させることが可能なインジェクションロッキング及びこれと等価な手段以外のものに適用することができない旨主張するが、本願第1発明において、紫外線レーザー光としてエキシマレーザー光のみが採用されていることを前提とするものであって、失当である。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

<4>  上記のとおりであって、「本願第1発明における「投影レンズ系に入射するレーザー光の波長幅を狭くした」という構成は、引用例に記載された発明におけるバンドパスフィルターを包含するものであるというほかはない。」とした審決の認定、判断に誤りはなく、相違点の看過をいう原告の主張は理由がない。

(4)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年6月16日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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